車から流れるカーステレオからの音源。

音楽だったり、ラジオだったり、テレビだったり。
最近では、スマホと連動してそこからの映像や音源を出力できたりするらしい。
俺は、そこまではしないけど。
という俺は、特に何でもいい。無音以外なら、なんでもいい。
天気予報でもニュースでも国会中継でも、とにかく流れてさえいればなんだってウェルカム。
別に耳を立てて聞いている訳ではない。常に聞き流してる。
ちなみに俺のチャンネルは、ラジオ。しかもAMだ。
あのザラザラ感あふれる音質がいい。
そりゃ、FMの音質はクリアで聞きやすいが、余りにもクリア過ぎてどうも聞き心地が良くない。

でも、ついつい「おっ」っと聞き耳を立てることもある。
それは、ラジオ番組の中に投稿しているリスナーからの投稿だ。
基本は「面白い」というより、その日のお題があり、それについて投稿するのがメイン。
だから、特にリスナーが奇をてらって投稿することはない。
何気ない投稿の中に、ウケ狙いではない天然の面白さがあったりする。
とは別に、ペンネームで プークスクス🤭 となる事もある。

さて、この投稿番組とは別に「真打ち競演」という番組がある。
(番組名はうろ覚えかつ、漢字はあってるか不明)
この番組の落語は、つい聞き入ってしまう。
落語って面白いの?老人の娯楽じゃん(笑)とお思いでしょう。
しかし、俺から言わせれば教養を向上させるための静かな娯楽なんですわ。
落語の面白さを一言で表すと「想像力を掻き立てる会話コメディ」
もっと砕いていえば『クッソ面白い雑談』
落語に出てくる、主人公は決まってろくでなし。けど、憎めない。
怠け者、見栄っ張り、スケベ、短気。でも悪人じゃない。

現実の自分にちょっと似てる。
だから笑いながら、「まぁ、分かるわ…」と許してしまう、そして共感してしまう。
さらに、演者は落語家は一人で、その話す世界には複数人いる。
声色、間、顔の向きで、「今話しているのは誰か」を観客に分からせる。
そこが快感ポイントで、観客の頭の中で、勝手に舞台が立ち上がる。
そして落語のオチは、勘違い、言葉の取り違えで主人公のドジで幕が閉じる。
ドカンと爆笑させるより、「あっ、そう来たか…」と一拍遅れて笑いが来る。
この遅延がクセになる。
落語は、雑談を聞かされてるのに、気づいたら物語が完結してる大人の時間。
それに、高座に座るあの独特な雰囲気。羽織を着て、小道具は扇子と手ぬぐいのみ。
それでいて、あの想像力を掻き立てられるのだからその「話す」という技量は、半端ない。
いわゆる、話術(=雑談力)だ。

雑談力を高めることによって、人間関係が良くなりコミュニケーション能力が向上するのは、言うまでもない。
人間関係が広がりかつ、円滑な関係を築くことができるだろう。
人生が、より豊かになることが想像できる。
死ぬ間際に一人じゃ、切ない…。
野垂れ死ぬのは、落語に出てくる主人公だけでいい。
人間関係は、本当に大切にしなくてはならない。

さて、今日は建国記念日。
建国を祝し、国を愛する心を養うべく、もう一話、落語を聞くとするか。
◆
人に寄りけりだが、話が本題に入ると羽織を脱ぐ噺家もいる。
さらに、話す始めに息をする時の「ツッ」言う小さな音。
このやり方を活字で説明するので、是非やってみてくれ。
1. 上下の歯をくっつけたまま息を軽く吸って、パッと離す。
2. すると「ツッ」のニュアンスが分かった。
3. だけど、舌を出したまま鼻呼吸をすることは出来ない。
4. あなたは今、3番をやってみた。
6. 3番をやってみたら、できた。けれど、犬みたいな顔になった。
7. あなたは今、苦笑いを浮かべている。だって、遊ばれているんだもの。
8. あなたは5番を飛ばした。
9. あなたは今、5番があるかどうか確認した。
10. こんな俺をどうか嫌いにならないで欲しい。