都会を離れることを、昔の人はずいぶん上手に言ったものだと思う。

都落ち
たった三文字で、左遷、敗北、失恋、見栄の崩壊まで全部入っている。
まるでお得用パック商品である。
というのも、立て続けにこの「都落ち」の話題に触れた。
4月になった状況もあり、毎週一度配信されるお客のコラム、それにエロ詩吟の彼(名前が思い出せない)の「岩手県で大復活」のニュース記事。
地方に移り住むメリットの逸話に共感を得たのである。
特に、お客のコラムにあった「繁華街の朝、大量の生ごみに群がるカラスの鳴き声で目が覚める」に非常に共感を得た。

俺は休みの早朝、ジョグをしている。
時に、繁華街を走る事もある。
日曜日の朝の景色は、まぁひどい。
壁の「Fuck you!」の落書き。散乱した飲み干された缶と、役目を終えたカップ。
それらが夜明けとともに鮮明になり、街全体の治安の様子が反映される。
しかも、街全体がションベン臭い。
長渕の歌詞に出てくるような光景が、次々と前から流れていく。
そこにカラスがゴミを荒らし、悪気なく「カァー」と一声。
その横の階段で青白い顔をしたホストが、ゲロを吐いている。

実際には、地方へ移る理由なんて人それぞれだ。
転勤かもしれない。親の介護かもしれない。
家賃が高すぎて、財布が静かに絶命したのかもしれない。
東京で暮らすというのは、丁寧にお金を燃やしながら生活する行為でもあると想像している。
それなのに人は、駅名が23区外になった瞬間、なぜか落ち武者的な顔をする。
いやいや、誰が負けたんだ?
満員電車に押し寿司にされず、空を見上げる余裕ができ、コンビニの駐車場が広い。
それだけでかなり勝っている。
むしろ都会で消耗しきって、終電に敬礼していた頃のほうが、敗戦処理の延長戦だった気もする。
…まぁこれは、都会の人々を勝手に想像している、地方在住者の雑なオレの妄想ではあるが。

「都落ち」という言葉は、都に価値がある時代の名残だ。
今はWi-Fiがあれば会議もできるし、冷凍便があれば名物も届く。
情報も仕事も恋愛相談も、だいたい四角い画面からやって来る。
都だけが舞台だった時代は、もうとっくに終わっている。
本当に落ちる人は、住所が変わった人ではない。
環境が変わっただけで、自分まで安く見積もってしまう人だ。
郵便番号が変わったくらいで、人間の値札まで貼り替える必要はない。
静かな町で朝の空気がうまい。
コンビニのレジ待ちが三人で感動する。
信号がちゃんと青のまま待ってくれている。

そういう小さな平和を拾えるなら、それは都落ちではなく、喧騒からの避難である。
まあ、東京を去るときだけ少し寂しい顔をしておけばいい。
ドラマっぽいので。
◆
早朝モーニングの時間帯、とあるコーヒーショップ。
隣の大学生くらいの集団の盛り上がり方が、なかなか凄い。朝から出力126%だ。

別に怒ってはいない。
この辺りは、都会であろうと地方であろうと大して変わらない。