昨日、会社の飲み会があった。

若い従業員を構成とした、フレッシュでとても有意義な会であった。
普段、業務のこと以外は話すことがない。
普段着に着替え気持ちをリセットし、改めて仕事仲間と話す機会。
普段思ってることや、感じていることを聞いたり話したり。
いい機会であったと感じる。
ある若い一人から
皆さん、(作業中に)怒ってるのですか?

いや、特に怒ってはいない。
真剣に取り組んでいる姿なのだろう。
他者から見ると見え方が、こうも違うのかと気づかされる。
18時半からスタートし、20時半ぴったりに解散。
二次会は若いヤツらだけで行ったのだろうか。
俺は、そそくさと帰った。
アルコールが程よく入ったいい機会。
また参加したい。
◆
さて、その帰り道。
岡山市の繁華街中を歩いて帰る。
その時、久しぶりに見た光景がある。
それは、車の窓を開け、大音量で音楽を響かせている。
もちろん、運転っぷりは定番の姿勢。

これは今も昔も変わりなく。
しかも、ダッシュボードの上にフワフワした敷物まで。

この辺りもぬかりはない。
別にバカにしている訳でもなく、忌避しているのではない。
久しぶりに見かけたので、なんだか懐かしい気持ちになった。
一昔前は、昼でもこの手の種族は存在したものだ。
もう絶滅したのかと思ってはいたが、ある意味いいものを見させてもらった。
ここで、ふと思う。
この手のお兄ちゃんやお姉ちゃんが将来、大出世する可能性を秘めているのだ。
・元暴走族総長
・元いじめられっ子
・元ひきこもり
「元暴走族総長 → 年商100億円社長」
「偏差値32から東大合格!」
よくあるアレだ。
ま、元〇〇から成功者になったからこそ、クローズアップされやすいのもあるのだが…。
このギャップが見ている人に夢を与える。
当然ながらマジメに人生を歩み、成功することに越したことはない。
ただ俺の体感だが、生真面目に生きた人々は、既定の路線をはみ出したりはしない。
暴走行為は、ルールを犯した行為だ。

ルールを犯す、つまり、既定路線をはみ出し、他人とは違う行動を取る。
それが、成功につながるのか失敗してしまうのか。
ギャンブル的な要素が強く、その行動自体が諸刃の剣。
ただ、本人はそう言った意識はなく、性格や人格、生き方そのものなのだ。
昭和、平成のスターと言えば、この手の人たちが多いと感じる。
例えば、勝慎太郎、横山やすし、やしきたかじん、忌野清志郎それに立川談志など。

成功したからこそ、伝説として語られるが、これが逆であったなら目を当てられたものじゃない。
当然のことながら、この手の成功者は一握りに過ぎない。
その下に何万人という、脱落者がいるのは言うまでもない。
ちなみに、破天荒スターは、共通して短命である。太く、短い人生。
これが良いのか悪いのかは分からない。
けど、カッコよく映る側面もある。
・何をさせても85点の優秀な人
・250点を叩き出す可能性を秘めた荒くれもの
どちらがいいのか。
この“正解のなさ”が、人生の面白いところなのかもしれません。